2010年09月07日

もしかして凄く名著な予感・・・『これがサンリオの秘密です。』サンリオの社長著

R0013909.JPGなんだか最近の「ガミガミ」はサンリオの話しかしてないじゃねーか、
て感じでしょ。
実際、私もそう思うわ。

でもね、私ってそうなのよ。
気になったら、気が済むまで『知りたい』のよ。
知ったら、落ち着くんだから。

今回は、キティちゃんの会社ってどうなのかしら?
キティちゃんの社長てどんな人なのかしら?
てとこに興味がわいたから、社長の著書を調べて発見したのよ。
絶版らしくてマーケットプレイスで購入。

『これがサンリオの秘密です。』(辻信太郎著)

ところがさあ、
【序にかえて】を見ただけで、けっこう驚愕。これ、凄い本かも知れないわよ。
てか、この社長本気で凄い人かもしれない。

というのは、すべて赤裸々に、具体的に語っている。
(セキララとキキララって似てる)
90年から00年までの10年間、どん底でした(と、その理由)から始まって、死のうと思ったことは一度や二度ではなかった件、大腸がんを克服した件など、
そしてピューロランドは何があっても手放さない(その理由)とか・・・。
何が失敗の原因だったのか、までちゃんと公開している。

ひぇ〜、序なのに、すでにこの社長の姿勢が垣間見える。
ヤバい。
これはトイレにおいて、朝のうん子さんMTGの時に軽く読むような本ではないかも。

読破が楽しみだ。

posted by ガミガミ at 23:53| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月27日

『いちごの王さまのメッセージ』

R0013563.JPG早いね。
一昨日Amazonマーケットプレイスで頼んだものが、もう届いてた。
◆いちごの王さまのメッセージ


これ、
読んだほうがいいです。
買ったほうがいい。

特に、
自分探しとか
自分磨きとか
頑張った自分へのご褒美

なんかが好きなんだけど、

探したところでみつかんなかったり、
磨いてるつもりがすり減ってるだけだったり、
頑張ったご褒美を実は自分からしかもらえなかったり

しちゃってる、
「あちゃー!」系の(よくいる性懲りもない)女たちにはおススメですね。
あ、毒吐いた。でもマジで。
この本はサンリオの社長(いちごの王さま)によって書かれたメッセージ集。
でも内容は子ども向けでもありません。

R0013565.JPGだれにでも子ども時代はあって、
特に女の子であればだれでも、子ども時代は大なり小なりサンリオとともに過ごしたはず。
あの頃の純粋な心、今でも持ってますか?
って問いかけられているよう。
子どもの頃に持っていた純粋な、正しさや美しさを尊ぶ気持ちが、
大人になったからといって消滅するのが当然、ではないですわ。
むしろ、ひと山ふた山、もしかしたらもっとかな?超えて、
至ってる今だからこそ、
アカにまみれる以前の心を取り戻す必要がある。
と、思うね。





あと、数年前から私は、
キティちゃんが世界を平和にする、って思うようになったんだけど、
やっぱしそういう目的で作られていることが確認されて、感動した!
やっぱ根本的にディズニーとは違う。
R0013566.JPG
キティちゃんがいなくなる時っていうのは、
世界中が戦争に明け暮れて、友情や思いやりを放棄してしまったとき、
もしくは
世界中に平和があふれて、もうキティちゃんの出番がなくなったとき、
のどちらかしかないって。

私には子どもいないけど、いたら絶対買い与えるよ、やっぱサンリオをね。

R0013567.JPGあとね、これも買ったの。
◆Sanrio Days サンリオ デイズ (Sweet Design Memories)


もう表紙だけで涙が出そう。
遠く幸せだった子ども時代、
そしてページをめくったら、
キティちゃんとかキキララとかパティ&ジミーなんかを
買ってくれた大好きなおじいちゃんの思い出、
サンリオのステーショナリー持って学校行ってた小学校の帰り道の光景、
なんかが全部ぶわ〜〜〜〜〜〜ってよみがえって、
思いが溢れ出てくる。

ヤバいね。
涙もろくなるよ。
posted by ガミガミ at 21:05| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月15日

ロシア料理・・・本が欲しゅうございます

russo.jpgこの本欲しいわーーーーー!
春頃行った神保町の店に置いてあって、この色とりどりさ加減に心ときめいたの。
てか私発注したと思ってたら・・・・欲しいものリストに入れた止まりだったのか?

庭で作れるロシア料理 ダーチャの菜園の恵みがいっぱい!



とにかくさー、昨日ビーツを買ったので、ボルシチを作りたいが、このようなショッキングピンクに仕上げたいと思っている・・・

ナニゲにうちの母が作るボルシチが、実は店より美味かったりするのだが、私がやりたいのは、このショッキングピンクのスープ!!

しかし、ネット上では見つけられない。
ボルシチ レシピ


生ビーツ料理レシピとボルシチの作り方から栄養と保存
さ、下ゆでしよ。

【ビーツ料理のゆで方とコツについて】
ビーツ料理の基本は、この真っ赤な色素と独特の甘さを活かすことと、土臭さを消すことです。ウクライナ発祥のロシア・スープ「ボルシチ」は、その典型例
でしょう。

 生ビーツのゆで方ですが、固いので水に塩と酢を入れて丸ごとゆでてから切りましょう。それは、下ごしらえとして、くさみを取るためにゆでますが、このと
き皮をむかず、切らず、丸のままゆでることが肝要です。
posted by ガミガミ at 10:16| 東京 🌁| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月11日

探してた本は10年以上前に買ってあった・・・『バイーア・ブラック』

bahia.jpg実家に行って、いい加減読まない本、着ない服などを処分しなきゃ・・・と思うのだけど、なかなかね。

今日、ちょっとだけ段ボールに詰めてみたけど、あまりに途方もない作業でクラクラしてきた。
ブックオフに取にきてもらおうと思うのだけど、あまりにマニアックすぎる本とか、
なぜか
「モニカ・ルインスキー」のナニあれは・・・手記?それもイタリア語版、なんかが出てきて、
どうすんのこれ。読むヤツいんのか?
・・・とかいちいち考えてたらゲンナリよ。

なにしろ10年間ほっぽってある部屋を片付けるって・・・・考えただけでもうんざり。
やるって決めたら1週間ぐらいの合宿体制じゃないと、こら無理だと思った。

しかしながら、おお!!と思うこともあったわ。

それはこれ!
バイーア・ブラック―ブラジルの中のアフリカを探して (TRAJAL Books)

読みたかったのよ。
そして、Amazonでは、もう絶版なことがわかっていて、あらら・・・って感じだったの。
で、今は、これの増強版
ブラジル紀行 〜バイーア・踊る神々のカーニバル (P‐Vine BOOKs)

が出版されてるのよね。

それが何と、自分の本棚の奥底から出てきたじゃないの!
買ってあったのね。10年以上前に。

ま、それもナンダカナっちゃナンダカナな話ではあるんだけど。

ま、めっけたのよ。




posted by ガミガミ at 21:13| 東京 ☁| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

『ドブネズミのバラード』

dobunezumi.pngここ数年、ネットで注目している、というか、応援している瓜田君。
の、本。デビュー作。

 ■ドブネズミのバラード




ここに描かれている出来事やディテールが、どこまで事実なのかとか、妄想じゃねえかとか、脚色してるとか、あるいは、ホントはこんなもんじゃなかったとか、
そういうのはどうでもいい。
すくなくとも私とは生きてきた世界がまるきり違うので、その真実性とかはあんまり興味がない。


それより、なぜ私が瓜田君を大好きかというと、
この男は、とんでもなく繊細すぎる神経と天性の優しさを持って生まれ、最悪な人生を送りつつも、自分が弱い生き物であることから目をそらさず、全身で受け止めようとしているから。

そして、その繊細さ/弱さ自体をもてあまし、慈しみ、突き放そうと、もがく姿を公開しているから。

人間、自分の弱さをきちんと受け止めて、そこを本当に乗り越えることは生半可なことじゃないよ。誰しも。

すごいことだと思う。
ときどき、涙が出る。

まともとか、普通とか、社会のルールとか、そんなものをいっさい知らずに暴力だけで生きてきて、
ムショから出て、まともになろう、普通になろう、普通がいちばん尊いよね
って気づいてしまい、普通の生活をめざしてもがく
・・・・そうは言っても、普通を普通に知らないがゆえにイロイロな困難が出てきてしまう。

その度に、やさぐれつつ、涙流しつつ、でも、
どうにか前をむいて、這いつくばってでも進んで行こうとする姿、
そして出てくる女(おふくろさんと、奥さん)たちを精一杯幸せにしてやろうと誓う心意気。
それが真の男のプライドだ!
と公言して、実行している。
純粋にカッコいいと思う。


まあ、彼の、狂気と隣り合わせの繊細さや優しさ・・・そういったもんをわからない人って、私はっきり言って、あんまり好きじゃありません。

この本に関していえば、収監されてた最中に、シャーペンの芯だけで書いた、と言われている
初の作文が、最高にイイと思った。
そして、どーしようもない日常の描写の中にところどころ出てくる、魂の崇高さがイイ。

瓜田君がんばれ!

私も頑張ろって思うんだよ。
posted by ガミガミ at 01:24| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月12日

『告発は終わらない―ミートホープ事件の真相』読了

meathope.png告発は終わらない―ミートホープ事件の真相

元「29の会」として、お肉業界の動向をイロンな意味で気にしてたけど、ミートホープの「偽装」ほど衝撃的なもんはなかったわね。
そして、あの告発に踏み切った元常務の赤羽氏が、NHKの番組で語った内情は衝撃で、私もこんなエントリを上げたのよ。
てっきり味方だと思ってたら敵だった

この本を買ったのは、赤羽氏の勇気に敬意を表すため。
ドキュメンタリな内容だから、1日で読めるわ。でも、改めてスゴイ話なのよ。

いくつか感想を。

ミートホープの社長(田中)は天才。天然の「エコマフィア」かも
・あの社長の人格がイカれていて、「食の安全」なんていう概念は存在しなかったことは言うまでもないが、あの組織は異常だ、という点においてはそもそも中小企業のワンマン社長なんて、大なり小なり、こんなもんじゃないの?という前提で。

・肉とも呼べないしょーもないクズ部位、腐乱臭を発しているどっかの売れ残り肉、使いようのないパン・・・要するに「廃材」をかき集めて、どうにか肉っぽく仕立てるアイディアと技術。日夜研究。もちろんカネ欲しさ、という動機にひもづいたものだけど、この情熱は凄い。
(読んでいて気持ち悪くなった。オエ。)

・世間を圧倒的に敵に回した「安い肉を喜んで買う消費者だって悪い」発言は、それでも真理であることは間違いない。

・実際、取引先は「明らかに肉じゃないものが入っていた」等のクレームを出していたけれど、消費者含めて「味についてのクレームはなかった」という事実。

・原産地とか賞味期限とか、内容物とかの虚偽の表記・・・要するに牛肉100%じゃないものを、牛肉100%だとして出荷したことは犯罪。
でも、仮に、彼の手腕で編み出された「加工肉」の安全性が証明されていて、かつ内容物を表記すれば、それなりの適正価格で売ってよし、となったら話は違ってくる。

・捕まっても「反省の色なし」ってのは、「悪いことをした」っていう意識がほんとうに心底ないから。
しょもないもんでも、工夫すりゃ食えるようになる→原価を押さえて利益をいっぱい出す
どっちも真理。王道。

・行き過ぎた「もったいない」精神。つまり究極のケチ。儲けたカネをナニカに還元する発想がない人。蓄財といったって、土地買って、豪邸立てて、高級外車乗り回して、せいぜい愛人つくって・・・・ぐらいなもので、スケールがちっせえ。
コロンビアのマフィアみたく、汚く儲けたカネで、地元に学校とか病院とか作れば、まだ一抹のカッコよさがあるものを。


消費者庁ができたことが解決につながんのか?
・発覚後マスコミでさんざん報じられた話だが、再三に渡って、赤羽が実情を訴えたにも関わらず、農政事務所も保健所も何もしなかった。危機意識のかけらさえなかった。
要するに、めんどくさいから動きたくなかった。

・結果として、この事件を機に、消費者庁ができることにつながったが、だからなんだというんだろう?
二度とこんなことが起きないとも思えない。

・赤羽が偽装に気づいて、いたたまれなくなり、納入先にタレ込み電話を何度もした。納入先には、給食センターもあり、「その肉はやばいです」って言っても、「へえそうですか」ぐらいで、調べようともされなかった。
「食の安全」意識がなかったのは田中だけじゃなく、給食の現場だって同じじゃん。

マスコミもマスコミで、しょーもない存在
・新聞の社会部の人間っていったって生活感がなく、豚ひき肉に豚以外のものが混ざっていることのヤバさが「わからなかった」ってのにはウケた。

・結局、朝日の本社しかこの事件のヤバさに気づかなかった。NHK含めて、どこも本気で調べようとしなかった。北海道新聞さえも。

・「ミートホープが悪い」って決まってから、すべてのマスコミが安心して田中や行政を叩くようになった、ということ。


私の結論としては、
1)田中が悪いのはもちろんだけど、放置していた行政てか役人、マスコミ、それ以上におかしくねえか?
て感じ

2)だから、冷凍食品とか、そもそも私は買わないし、スーパーなんかでひき肉は買いたくないんだよ

3)てか、もう肉食わなくたっていいんだよ


4)企業なんか、ほっときゃ悪いことをするもんだ、ぐらいの意識を消費者も持とうよ


以上。

人間の愚かさについて、一読の価値アリ。
告発は終わらない―ミートホープ事件の真相


posted by ガミガミ at 21:57| 東京 ☀| Comment(2) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

空海と錬金術〜金属史観による考察(1)

R0012044.JPGこの本、新入社員ときに買ったのね。
私にしたら、ついこの前なんだけど、なーんと!20年が余裕で過ぎてるわけよ。
ソレはともかく、当時すっごい面白くて読んだ割には、中身マッタク覚えてなくて、最近また気になりだしたから実家から持ってきた。
Amazonで見たら、絶版みたいで、今や6000円とかで売ってる人がいるよ!

また忘れちゃうのでメモしつつ読み進める。

【そもそも】
ここでいう錬金術とは、西洋の「異物を金に変容させる」じゃなくて、不老長生薬の製造技術=薬物製造、仏具のための金、銀、銅、錫(すず)、鍍金のための水銀、朱砂(しゅしゃ)、建築・土木用具としての鉄、薬物のための草木・鉱石、それらの採取、精製、加工の技術含めた広義の錬金術、という意味。
→ちなみにこの朱砂、古代の日本では「に」だった。つまり「あおによし」の「に」。だから朱、だね。

著者は「錬金術」と密教は関係があると考えており、この本以前にも『密教と錬金術』を上梓していた(これも絶版)。
これに続いて『真言密教と古代金属文化』も出版(これも絶版くさい)。

密教の発祥地インドの科学に関しても調べあげ、そのため『古代インドの科学思想』も出版(これも絶版だ)。

自身も仏門の家に生まれ、そういう意味では、かなり信頼できる著者だと思う。
調べたら、出てきた。佐藤任(たもつ)氏


【第1章 空海の風格】
空海が「即身成仏」について初めて言及した人。その影響で、空海以降、即身成仏が一種のブームになった。

空海を科学者としてとらえようという人はこれまでも、少数ではあるが、いて、例えば司馬遼太郎は、「空海はインド思想の基礎的なものの一つである輪廻転生を酒興としてとらえてはおらず、自然科学としてとらえていた」と記している。

日本の古代史は「農耕史観」での解釈が多い。が、農業発展のためには金属具、鉄製品の開発が前提条件とすれば、製鉄や精錬は、かなり早期から行われたと見るべき。
また、仏教の発展とともに、仏具や建築物も発展した。それには治金技術に秀でた指導者がいたはず。
そんな技能の所有者であれば、立場はかなり上であったはず。

製鉄は高熱を要するので、銅より時期が遅かったという定説は崩れつつある。
そんなに高熱がなくてもできた。金属を輸入していたのではなく、国内生産していた。

6世紀後半(古墳時代後期)には、砂鉄の貯蔵穴、製鉄炉、鍛冶炉、錬治炉、炭窯が揃っていたことが、出土で判明。(京都府弥栄町木橋の遠所遺跡)

岡山県総社市奥坂の千引・かなくろ谷遺跡。製鉄炉跡、鉄くず、鉱石が発掘された。
同、総社市窪木薬師遺跡の竪穴式住居跡(5世紀前半)から鉄鋌が出土。

=================

831年、空海、皮膚病を患う。
834年、高野山で入定。

『二十五条遺告』『秘肝抄』如意宝珠=成生玉=能作性玉は仙薬。9種の物でつくられ、そのうち2つは仏舎利と砂金。
仏舎利とは水銀のことではないか?

求問持法も不老長生薬製造とかかわり。空虚蔵求問持法=煉丹、錬金術の一種。

藤原鎌足(614〜669)の頭髪からヒ素検出。
藤原鎌足の墓=高槻市奈佐原、阿武山古墳(説)。中国の道教では不老長生のためにヒ素を仙薬として飲む習慣あり。
日本では雄黄(ゆうおう)、鶏冠石という2種類の天然二硫化ヒ素、正倉院宝物。工芸品の原料だが、仙薬だったかも。
よほどハイクラスな人でなければ、高貴な仙薬は服用できないはず。

『続日本紀』698年、伊勢から雄黄、朱砂を献上した記述あり。

アーユルヴェーダでは、ヒ素は精力剤。

空海はそれらを皮膚病治療に使用したのでは?
入定信仰にもかかわりがあるのでは?

=================

空海の出身地、讃岐国多度郡

佐伯氏。
佐伯=蝦夷系ー常陸の佐伯。
『日本書紀』日本武尊に討たれたエゾは五カ国(播磨、讃岐、伊予、安芸、阿波)に配置された。
そこの国造に服属させられた異人の部族が佐伯部の祖。その地の「サエギ(塞ぎ)」の役。
空海の父=常陸国のエゾ(佐伯部)を管掌した下級官吏の系譜。
母=阿刀(あと)氏。
ちなみに、中央にあって、地方の佐伯部を支配していたのは佐伯蓮(むらじ)。そのルーツは大伴氏。

蕃別(ばんべつ)=渡来人系=秦氏、漢氏、百済氏
皇別=天皇家からの分かれ=源氏、平氏
神別=天神系子孫=藤原氏

讃岐(サヌキ)=早麦(サムギ)
サナ=サネ(種)=種をまく田、苗代田のこと。
→ちがうのではないか?
サヌキ=鉄ではないか?

サ、アサ=砂鉄の意味
サ=矢、箭
鐸(サナキ)
作金者(カナダクミ)=鍛冶師、鉱山師
サビ=錆び、サミ=錆び
銕(くろがね、てつ)=黒金(久路加禰)
銕精=加禰乃佐比(カネノサヒ)
鍛冶師・佐備大麻呂(サビノオオマロ)
麻(アサ、サ)=砂鉄
サ、ソ=古代朝鮮語で鉄

だからサヌキは鉄(銅、鉛も含む)の国
銅鐸もあちこちで出土

多度郡(タド=タタラと同義)
三重県桑名郡多度町戸津に多度神社。多度峡。11月8日フイゴ祭。
一目連神社=天目一箇命(あめのまひとつのみこと)=鍛冶の祖神。

=================

初期仏教の伝来時、「宗教、理念」というより「技術的なもの」の感覚だった。技術=呪術でもある。
唐に留学した僧侶は、技術力を持って帰ってきた。
薬学、井戸掘り、灌漑、治水、建築。

修験道の祖=役小角(役行者)
行基菩薩

賀茂役公(かものえきみ)
カモ=カミ 神事と深い交渉
賀茂氏の主催する神事において、役小角はシャーマンの役どころ?
一種の秘密社会的蜜儀団体、半国家権力的な

葛城山(金剛山)土蜘蛛族、一言主神(ひとことぬしのかみ)の住むところ
土蜘蛛族=地下の鉱石採掘、鍛冶集団

神武天皇時代、大和朝廷への従属を受け入れぬ人は容赦なく殺戮された。
佐伯(塞鬼)、土蜘蛛、蝦夷(忌み衆)のような貶められたネーミング、「妖怪」として「退治」された。
隼人、肥人(熊人くまびと)、蝦夷(かい)。
退治された根拠=なにか「お宝」があったからでは?それは鉱石では?

八咫烏(ヤタガラス)賀茂県主(かものあがたぬし)の遠祖。






posted by ガミガミ at 23:51| 東京 🌁| Comment(4) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

『謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るinUSA』向井万起男

R0012008.JPG私の大好きな向井マキオさん。
この人ほど、自分の女房をこんなに好きだってことを正直にはっきりと表明してる人いないんじゃないかしら。
以前、文芸春秋に書いたエッセイの中で、そこはかとなく、「自分の女房はこんなに優秀で、素晴らしいんだぞ、しかもたっぷり教養もあるし、人間性も高いんだぞ!(まいったか!)」ってのがちりばめられていて、さわやかな感動を覚えたものだわ。女たちはみんなそう思ったのよ。

で、この本。
ものすごく良かった。軽妙なんだけど、いろんな深さが浮き彫りになってる。

マキオさんが、千秋さんを訪ねて渡米する際、いっしょにあっちこっちに出かけるんだけど、行く先々で、いろんな些細な「謎」に出くわすの。
普通なら、誰も気に留めないような謎。
それに対して、マキオさんは仮説を組み立てるんだけど、結論を導くために、いろーーーんな関係先にメールを出しまくるの。
そこで、出したメール、返ってきたメールなどを紹介しつつ、核心に迫っていく・・・というものなんだけど、当初小さな謎だったことが、実はけっこう深い背景があったりして、ふうむ・・・ってなってくのよ。

まあ、些細なことに関してメールを出すマキオさんてのもアレなんだけど、そんな些細なことにも、きちんと反応する人たちがいて、そこから交流が発生したりするところなんか、やっぱアメリカの懐の深さが伺い知れたりするし、そもそもの「コミュニケーション」について、原点を考えさせられたよ。
ていうか、これ、単なる雑学の本というより、
ソーシャルコミュニケーション(マーケティング)とは何かという視点で読んだら目から鱗だよ。

時節柄、特に面白かったのが、星条旗を巡る話。
アメリカの自動車ディーラーって、かならず星条旗を店先にヒラヒラさせてるんだけど、中でも、特に巨大な星条旗を掲げているのが、他ならぬトヨタの店だってことに彼が気づいて、全米トヨタディーラーのサイトからピックアップした何店舗かと、北米トヨタ販売の「総元締」にメールを出すの。
で、各地から返事がくる。返事は全部、統一された正しい答え、などはなく、それぞれが、自分で考えたことを「参考になるかわかりませんが、私が思うに・・・」という前提で返してくる。
そんな中、トヨタで働くことの誇りや喜びを、「旗の件」をフックに語るなんとかマネージャーなどもいて、こんな情熱をもった人たちがトヨタを売ってくれているんだ、という爽やかな感慨で締められる、というもの。
これはすごく良かった。

あと、個人的には、長年なんだろう?と思っていた
Kilroy was here!
が解決されたのが、すっごい収穫だった。
というのも、高校生あたり?のとき、STYXのアルバムであったのよ。
これ!!!
Kilroy Was Here
で、キルロイってなんだろうってずーーーーーーーと思ってたのよ。


まあまあ、とにかく一読に値する。
アタマのいい人が書くエッセイって、やっぱり面白いのよね・・・。

謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るinUSA






posted by ガミガミ at 15:49| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

『ヤクザ・風俗・都市―日本近代の暗流』

yakuza_toshi.jpg2000年代に出す初版としては、情報がやや古いのがちょっと残念なんですけど、むっちゃくちゃ面白かった!

新宿のラブホ街の話、ほとんどが岐阜の白川郷に隣接する荘川村という、御母衣ダム建設のために水没させられた村の出身者による経営・・・って、ここもそうなんだ!ってのはビックリした。
おなじ話が、渋谷円山町ラブホ街について、佐野真一のルポ東電OL殺人事件 (新潮文庫)にも出てた。
で、この本では、そもそも荘川村てのが、どういった性格を帯びた地帯だったのか・・・ってとこまでつっこんでて、強烈に面白かった。

ほか、内容としては

ヤクザと市民社会
パンチパーマの起源
学校の怪談
カラオケについて
日系人プロレスラーと黄禍論
ひばり・百恵・聖子
サカキバラ事件
犯罪者
情報化社会

などをテーマにした散文集。
近頃、こういう文章書ける人って少ないのではないかしら。
なにしろ歴史から民間伝承から考現学まで、いろーんな方面の知識を独自解釈できて、文章として面白く読ませられるっていうワザ。
まあ、時代が、そんなことに価値を置かなくなってるのかもしれないけど。
今ってみんな、事実的に正しい、とか論理として整合性がとれている、とか、データの使い方が的確、とか、もしくは実用性とかってほうが重要で、考察そのものを楽しむって感じじゃなくなっちゃってるからね。
まーいろんなイミで「正しさが好きな時代」なんでしょうね。
その分、面白さは失われていると思いますけど。

『ヤクザ・風俗・都市―日本近代の暗流』っていうタイトルじゃなかったら、もっと売れたんではないか?と思うのだけど、読んでいて、タイトルのつけようがない本だなと思った。
でも90年代に出してれば、もっと売れたはず。

これ、面白がるのは例によってタクちゃんぐらいだと思いますので、タクちゃん行きですな。

ヤクザ・風俗・都市―日本近代の暗流

でも、この朝倉喬司って著者は面白いかも。他にもわたし的に好きなジャンルで書いてるっぽい。
この著者の他の本一覧


posted by ガミガミ at 14:21| 東京 ☁| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月16日

『ハンパな人生論より極道(アウトロー)に学べ』

jinseiron.jpg時間つぶしに寄ったブックオフで購入!
タメになりますよ。タメに。いや、マジで。
もう、こういう考え方の時代に来ていると思う。
Amazonでもユーズドで出てるから読んでみたらいいと思う。
ハンパな人生論より極道(アウトロー)に学べ

以下、メモ。

“生き方”じゃない“生きること”が重要だ
生き方なんてことよりずっと大事なことは他にある。生きることそのものである。もっといえば、生きることの経過や結果が生き方だし、生き方とはそれ以上でもなきゃ、それ以下でもないのだ。


負けたときこそジタバタするな
人生には連勝もなければ、連敗もない。うまい具合に浮き沈みが準備されている。なんのことはない、博打と似たようなものじゃないか。(略)
大負けしたときにこそ、器量は問われる。
「にいさん、博打で男が見せ場をつくれるのは勝ったときやない。勝ったら誰かてええカッコするんや。負けたときこそ正念場、男の見せ場なんやで」
勝って驕らず、負けて泰然、という人間が周囲にも器量の大きさを感じさせるのである。


給料やポジションなども含めて、職業に意味があるなどと考えるのはやめよう。
判断の基準を「自分にとって生きやすいのか、生きにくいのか」というところに置けば、ドロップアウトなど雑作もない。


上には上がいるという自覚
各分野のエキスパートとアウトローでは自覚が違うのである。
いっぱしのエキスパートと自他ともに認める人間は少なからず「俺が一番」と思っている。
ところが、アウトローの自覚は対極にある。「俺より喧嘩が強いやつはいっぱいいる」「賭博がうまいやつはいくらでもいる」というのが基本的なアウトローの自覚なのである。
この自覚の差は、他者を認めるか認めないかの違いともいえる。
上には上があると思えば、他者に対する寛容の範囲は広がるし、オイラが一番なら、それは狭まるからだ。
後者の延長線上にあるのは、異端の排除である。



まあまあまあ、私はうまいカネのもうけかたをヤクザから教わりたいです。

この本にもしきりに出てくる「万年東一」という伝説の人について、知りたくなりましたわ。
万年東一(上) (角川文庫)
万年東一(下) (角川文庫)


posted by ガミガミ at 15:55| 東京 ☁| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

そもそも相撲はやくざと同じ。

そういやさ、
この前紹介した宮崎学の近代ヤクザ肯定論
にこんな一節がある。
一般の人たちによく知られている組織で、もともとのヤクザ組織の形態がいちばん保存されているのが相撲部屋ではないかと思う。
相撲は近世以来ヤクザの一種である侠客に分類される存在だった。相撲では、今でも十両に上がって関取になるまでは、給金ゼロである。部屋住みで、関取の付き人になったりして、部屋全体で養ってもらっている。個人の生活が単位なのではなくて、部屋の生活が単位である。部屋の構成員の間では所得格差が非常に大きい。だが、この格差は兄弟子に対する忠誠に応じて弟弟子に与えられる恩恵によって縮められている。

ここでいう「ヤクザ」ってのは、現代の実質マフィア化した暴力団のことではなくて、せいぜい70年代前半までの、古きよき懐かしの・・・みたいな任侠としてのヤクザのことね。
いわゆる『仁義・・・』に出てくる世界。


ま、かように相撲の世界ってものは、我々の社会とはそもそも論理が違うわけですが、ヤクザだって事業ドメインを「稼業」から「ビジネス」に転換したように、相撲も何らかの変革が求められているってことよね。
まあ、娯楽なんですけどね、本来、相撲って。
いつの間にか「国技」ってことになり、そしておかしくなっていき、つまんなくなったわけよね。


近代ヤクザ肯定論―山口組の90年


posted by ガミガミ at 11:49| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

『近代ヤクザ肯定論―山口組の90年』

kindaiyakuza.jpg50ページぐらい読んで、残りはトイレに放置されてたんですけど、この前山口組のドキュメンタリ見た勢いで思い出し、読破。
すっごい面白かった。
いや、私はヤクザが「好き」とか「嫌い」なんじゃなくて、「知りたい」だけなの。
暴力団が悪であることは承知でも、じゃあ、なぜなくならないのか。
『仁義・・・』には魅力的なヤクザがいっぱい出てくるけど、あの魅力の源泉はなんなのか。そしてそれは、ナウなヤクザには何が継承されて、何が消滅したのか。
要するにヤクザとはなんなのか、客観的に知りたい。そういう意味で好きなジャンルなわけ。

そいでこの本。
山口組が神戸の港湾を仕切る沖仲仕として誕生して依頼、いかにして全国へ覇権を伸ばしたか、を紐解きながら、ヤクザとは何か、日本社会におけるヤクザの、そもそものベーシカルな意味合いとは何だったのか、をデータや証言とともに著者自身、小さな組織とはいえ組長だった人間を父親に持つアウトローとしての視点を交えた見解が述べられてる。
ヤクザってこんなに悪いことしてるんだぜっていう摘発記事でもなく、ヤクザって実はいいこともしてんだよっていう擁護論でもなく。
まー、「肯定論」っていってるのは、ちょっとした「煽り文句」なわけで、著者のスタンスはヤクザをやみくもに肯定しているものではないことは言うまでもないです。

まー、それにしてもスゴイのは山口組三代目の、ビジネスマンとしてのとんでもない才覚、並外れた先見力。そして名うての荒くれ者たちを束ねる人望。
善悪ではなく、ものすごい人物だったことは、よくわかりました。こんな人物はそうそう出てこないでしょう。
てかねー、どんなビジネスマンだって、善だけで上り詰めるヤツいないわけですからね。悪いことしてない企業だって、ほとんどないわけですし。
あと、特に面白かったのが第7章。ナルホドねー、と唸らせる。
「生活条件としての違法行為、反正ではない違法行為」として、「食わねば死んでしまうものは、あたりから取ってきて食う」は正当だという、ロシアのアナーキスト、クロポトキンの主張のくだり、私は納得せざるを得ないです。
そうそう、それで思うのが、直近の世の中の傾向として、この「違法行為」と「犯罪行為」に対して、民衆側の思考停止による容赦なさ、が気になりますな。
要するに、職を失ったとかで、食うもんに困ったジイサンなんかがコンビニで万引きするぐらいの話なんかは違法であっても犯罪ではないんじゃないの?いや法律の話ではなく、社会の許容という話でさ、ってこと。

まあまあ、これは読んでおくべきですな。次、タクちゃんにまわします。

近代ヤクザ肯定論―山口組の90年


以下もくじ。
第1章 山口組の誕生―仲仕からヤクザへ
第2章 振興山口組の発展と衰退―米騒動から敗戦まで
第3章 闇市の混沌のなかから―窮民アウトローとしての出発
第4章 港の顔役―山口組の港湾支配
第5章 大衆芸能の裏側―美空ひばりと山口組
第6章 高度成長と全国制覇―頂点に立った山口組
第7章 被差別民の前楯、後楯―被差別部落・在日コリアン社会とヤクザ
第8章 対抗権力としての近代ヤクザ―山口組壊滅せず
第9章 近代ヤクザの変質と終焉―日本のヤクザが終わるとき


そして、俄然、クロポトキンに興味がわいてきましたよ。
麺麭の略取 (岩波文庫 青 125-3)

それから、
山口組三代目 田岡一雄自伝
六代目山口組・後藤ショック―流血なき内部抗争、直系組長大量処分の衝撃! (洋泉社MOOKY 57)
司忍組長と高山清司若頭の六代目山口組
なんかまでフォローしたいですな。

posted by ガミガミ at 00:00| 東京 ☀| Comment(2) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

風水先生「四門の謎」を解く:メモ

fuusuisensei.jpg荒俣宏の本は面白いんだけど、何せ、文章が読みにくい!!
メモがなければ、途中でわけがわからなくなる。


<四門(しもん)とは>
門=戸が対になっている様子。
戸=霊廟、神や霊の出入りするところを守る。
門=大事な出入り口。
東西南北の重要な門=四門。太陽、北極星。

東北(陸奥)=ヤマト側にとって蝦夷の住む異境。四門設定による「バリア」。
戸と関。九部四門制。一戸、二戸〜九戸、十和田まで。
南門:一戸、二戸
西門:三戸、四戸、六戸
北門:六戸、七戸
東門:八戸、九戸

近畿(京)を中心とした四門
南門:九州の南、四国、紀州、伊豆、小笠原
西門:越地方、対馬、壱岐
北門:東北
東門:伊豆、常陸、小笠原

四方の外敵=四夷(しい)=異民族
東夷(夷)・西戎(戎)・南蛮(蛮)・北狄(狄)=すべて「えびす」
東夷=東北地方太平洋側
西戎=朝鮮半島
南蛮=熊襲/隼人
北狄=新潟、秋田、青森
崇神天皇、四道将軍派遣(四方への将軍配置)
大彦命(オオビコノミコト)=北陸
武渟川別命(タケヌナカワワケノミコト)=東海
吉備津彦命(キビツヒコノミコト)=東
丹波道主命(タニワノチヌシノミコト)=南(丹波)
北と東に行った2人「相津(あいづ)」の地で出会う=地名「会津」となる。
この2人の末裔が阿倍一族=阿倍清明(陰陽師)/阿倍比羅夫(海人)


熊襲・隼人(南)<ヤマトタケル→安曇族
(北)<阿倍比羅夫
(東)<坂上田村麻呂→征夷大将軍


江戸時代の京都(御所)から東4度のライン上に小笠原=日本の南門



<北>
東北の入り口=水戸
鹿島神宮「悪路王頭形」(県立博物館所蔵)もとは高久(桂村)鹿島神宮所蔵
=アテルイ
桓武天皇(渡来系)/平安京(794年)和気清麻呂
東方蝦夷大将アテルイ>大伴家持、紀古佐美 
坂上田村麻呂(渡来系)策略によるアテルイ討伐(801年)
→常陸国・鹿島神宮関連箇所によるアテルイ祀り

「つぼのいしぶみ」
坂上田村麻呂が蝦夷平定の際に建てた石碑「日本中央」
日本=ひのもと=蝦夷の支配するエリアのこと
つぼ=地名=詳細不明
青森上北郡東北町「日本中央の碑保存館
諸説あり
千引大明神=千曳神社伝説
つぼ=アイヌ語で「チボ」船に乗る、の意味
常陸〜東北地方「日立」もしくは「日本」。太陽信仰の土地。

■千引/千曳=岩の名前:イザナギ・イザナミ
イザナミが死んで黄泉の国へ行く。黄泉の国は「黄泉津平坂」を降りる。
坂は崖のこと。一段下がった場所。ヒラ=ピラ(日本古語):切り立った崖の意味。
寂しくなったイザナギがこの坂を下りていくと、イナナミはゾンビ化していたので撃退することに。
大きな岩を置いて、追ってこないようにした。
千曳岩=死者と生者を分ける岩
岩を間に挟んでイザナギ・イザナミが話をする。媒体。
千曳大明神=坂上田村麻呂の「鬼封じ」
矢の先で「日本中央」と書く=矢の魔力→破魔矢→流鏑馬

■「諏訪大明神絵詞」
奥州蝦夷の法規を諏訪明神が鎮圧:
蝦夷の千嶋というところ(日本の東北)、海の中にある。
日の本、唐子、渡党の3グループ。群島に居住するグループ。ウソリケシ、マトウマイという名の島あり。
日の本、唐子は外来系。姿形は夜叉のよう。肉食で、農耕をしない。言葉も通じない。
渡党は日本人とよく似ているが、毛深くてヒゲが濃い。鉛があるが言葉通じる。
→「蝦夷地」は広大。東北方面、大陸側の西域外国人、渡党。「日本中央」は蝦夷地の中央?
蝦夷とアイヌは同一か?

■平田篤胤
中国の土圭(度量衡)←平田篤胤・屋代弘賢
測量装置の基。
春分、秋分の日:太陽が真東から真西へ。東西南北の計器。
地球の中心=地中。北緯34度。→長安、洛陽、対馬、三輪山、伊勢・・・
神武天皇、九州から東征、奈良へ。
誰が土圭を日本に伝えたのか?
聖徳太子が持っていた「象牙尺(紅牙撥鏤尺)
如蔵尼(将門の娘)が持っていた「瑠璃尺」(会津の恵日寺
将門の乱=東北蝦夷との関係。
伝来以前に土圭があった?
天の御柱」、日本の中心。イザナギ・イザナミが立てた。
淤能碁呂(オノゴロ)島→葦原中津国。

■「常陸風土記」
信太郡:普都大神(ふつのおおかみ)、ナカツ国巡行の際「玉珪」を持参。土圭系の計器。
→四国阿波の祭祀集団の使う道具
阿波の斎部(いんべ)一族
天日鷲命:太玉命、長白羽神を率いて殻木と麻を植え歩いた国興しの神。
太玉命の孫:天富命(あめのとみのみこと)。
天日鷲命の子孫:斎部一族。
天富命は斎部一族をつれて東進。今の千葉について「安房」。
以降、千葉と常陸に斎部。将門の拠点エリア。

■常陸の国
古代より骨卜の地。鹿卜(鹿の角)、亀卜(亀甲)。太占(ふとまに)。
占部氏。忌部の所属。
中臣氏:忌部の一派。中臣鎌足、常陸鹿島出身。
春日大社。
鹿島神宮:社殿は北に向いている。東北の蝦夷を押さえるため。
亀卜の源流はどこか?対馬











posted by ガミガミ at 00:16| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月10日

帝都東京―ミカドが君臨する東京の秘密めぐり(別冊宝島):メモ

あまりに面白い。なるほどそうだったのか。
肝心なことを忘れちゃうからメモ。



【明治神宮】
・明治天皇の死:1912年7月30日。遺体は京都。
・神宮内苑は、彦根藩の屋敷
・神宮建設前から「代々木」という地名は存在。地名もめでたいので建設地に決定
・天然の雑木林ではなく人工的につくられたもの:
大木の移植が難しい常緑広葉樹(カシ、シイ、クスなど)の若木と針葉樹を計画的に組み合わせ、将来の自然淘汰によって常緑広葉樹の原生林が再現されるという構想。
・日本の代表的な樹木、および当時の植民地・台湾、朝鮮、中国東北部、樺太のほとんどから集められた。「献木」。
・社殿の方角:真子午線か磁石子午線か。磁石子午線に決定。
社殿の背は北側。「天子南面」思想。
・1920年、鎮座祭。三種の神器:神服、神鏡、神剣→死者の王の三種。生きてる天皇の三種は神服ではなく勾玉。神服は魂の宿る形代。
・このようにして明治天皇が、帝都を治める【神】になった。
・正月元旦だけ、表参道の先から初日の出が上る。


【神宮外苑】
・宗教的世界観。
・中心は天皇の遺体安置した葬場殿址と絵画館。神社の本殿と拝殿の関係。銀杏並木は参道と同じ。直線距離上には青山墓地。乃木希典の墓は外苑の方角を向いている。
・明治神宮と外苑の呪術的しかけ:陰と陽、和と洋、荘厳と開放。対象設計だが、「裏参道」によって両者がつながる
神宮=日本の伝統的庭園。外苑=西洋庭園。
神宮=本殿付近を深い森に。外苑=中心は薄く外側を深く。
神宮=常緑広葉樹(シイ、カシ、クス)。外苑=落葉樹(イチョウ)


【明治とは】
・武士階級の長である将軍が国王であった時代から、古代王国の子孫である天皇を国王に据える転換。
・古代を装いつつ近代文化を創出。
・仏教を排除し国家神道を推進。廃仏毀釈、神仏分離。
・古代に神道はなかったので、古代的イメージ喚起のための装置、仕掛けが必要。古代王権への回帰イメージ創出。
・徳川文化の意図的な葬り。EX:上野寛永寺・彰義隊事件後、公園にされ、博覧会会場、帝都の博物館に。
・関東大震災(1923年):災害が時代・政治の変化の節目となりうる。大震災前=帝都建設期、震災後=世界恐慌、軍国主義化
・その過渡期に乃木と東郷の神格プロパガンダ。陸軍・乃木。海軍・東郷。


【帝都とは】
・ヨーロッパの帝政に比べて、絢爛豪華でもなければわかり易くもない。探さないとわからない仕掛け。
・質実剛健、派手さを嫌う。赤坂離宮は派手すぎる理由で居住に至らなかった。
・同時に、権力が変わっても、何が帝政のシンボルであるか一見してはわかりにくいため、たやすく破壊されない。打倒目標にならない。
・花電車:市電のアドトラック化。アドではなく帝国のプロパガンダ。
・千代田線=二重橋前、乃木坂、明治神宮前
・帝都マンダラ=皇居から多摩・武蔵野御陵までのライン上に、赤坂離宮、(乃木神社)、絵画館、明治神宮、深大寺、(大国魂神社)、(多摩聖蹟記念館)、高幡不動、が並ぶ


【四谷鮫ケ橋】
・貧民窟(下谷万年町、芝新網、四谷鮫ケ橋)
・弔いの地。古来からの馬捨場
・1869年(明治2年)東京の非人乞食など旧里に引き渡しの令。強制退去。
・新たな窮民の出現。職人、車夫、日雇い人夫、雑芸人
・1905年、暴動
・今の南元町公園。皇宮警察の前。ひときわ低い地形。水が出る。


【旧都聖地化】
・伊勢神宮
・橿原神宮:1890年建設。国民が神武天皇陵を参拝する場。
・神武天皇陵:1863年ミサンザイ(神武田)に決定
・泉涌寺(光格・仁孝・孝明天皇陵)
・桃山御陵
・平安神宮
・奈良公園:廃仏毀釈により消滅した興福寺の寺域あと。
・吉野神社(後醍醐天皇):吉野山への桜の植樹は日清戦争後。
・日露戦争後になり、聖地巡りの修学旅行が一般化。


【帝都の銅像建立ブーム】
敗戦により終焉
・大村益次郎像(靖国神社)1893年(明治26年)完成
・楠木正成像(皇居前)1897年(明治30年)
・広瀬武夫・杉野孫七像(万世橋前)1910年(明治43年)
広瀬武夫:日露戦争旅順攻略で戦死。軍神第1号。
杉野孫七:広瀬の部下。
1947年(昭和22年)撤去銅像第1号。
・有栖川宮熾仁親王像(三宅坂の参謀本部→有栖川記念公園)1903年(明治36年)
戊辰戦争東征軍大総督、西南戦征討総督
銅像に使用された銅は、足尾銅山の寄付品。銅像制作中に田中正造の事件。
・品川弥二郎像(九段坂)1907年(明治40年)
長州出身の政治家
・明治天皇像(明治神宮宝物館)1914年(大正3年)
・肉弾三勇士像(愛宕山下青松寺)1934年(昭和9年)
上海事変。軍国美談。事実とは相違あり。戦後破壊され一体のみ残る。
・和気清麻呂像(大手門北)1960年(昭和15年)
紀元2600年記念事業の一環。


【京王線】
・正式名称「京王帝都電鉄」
・新宿から八王子を結ぶ。大正天皇の大喪ルート。
・戦前には多摩御陵への支線「御陵線」。1945年(昭和20年)運転休止。
・墓地誘致。「不浄」を帝都の外へ。
千歳烏山、多磨霊園、松沢病院、府中刑務所、京王閣競輪場、府中競馬場。不浄の最高峰に多摩御陵、聖蹟桜ヶ丘。
・天皇陵は明治天皇まで近畿地方。大正天皇から多摩地方。


posted by ガミガミ at 17:41| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

『ソーネチカ』

R0011625.JPGヨーロッパで数々の賞に輝いた現代ロシア文学。
革命を経て大戦に至るロシア社会を背景に、パッとしない女の子だったソーネチカの一生を描いている。
ソーネチカは若い頃から本の虫で、初恋もむごい結果に終わったきり、自分は恋愛や人並みの幸せには縁がないものとして生きている。
ひょんなことから激動の人生を送ってきた男を夫として得ることになるが、それも何かの偶然なのではないかと思っている。
その先、いろいろなことが彼女を直面するが、すべてこんな幸せなことはない、と受け止め、かつ、こんな幸せがずっと続く訳ではない、とどこかで悟っている。
そんな幸せな人生の最後に、夫はとんでもない裏切りを見せるのだが、それとて、「ま、その方がいい」と納得して受け入れる。
その態度は周囲には理解の範疇を超えたものだが、彼女自身は最後まで幸せなまま、死に至る。
文学として上質なので、読後に余韻が残り、じんわりと続く。
けれどもこれは私にとって感動というものではなく、なんというか、不思議なもの。
なんなんだろう?という感覚。納得はできない。が、反発もできない。

そこで思ったのだが、
こういう現実の受け入れ方って、もしかしてものすごく「今後」的なんじゃないか、ということ。
これまでというのは、必ず、対立構造の末にどちらかが勝ち、どちらかが負けるということで決着する(ましてや西洋的な価値観ではなおのこと)のだけど、「ソーネチカ」には敗者もなければ勝者もない。
ここにはひたすら幸せなグレーというものがあり、それ以外にはフォーカスされない。彼女は幸せなのだ。
東洋的と言ったら広すぎるけれど、この受け入れ方は一神教の人たちにはしんどいのではないか?もしかしたら作家がユダヤ系であることと関連しているのではないか?
そーして、対立構造の中の勝ち負け主義みたいなもんが崩壊してしまった現在および「これから」のあり方について、特に幸せのあり方については、もしかしてこういうのが唯一の安堵の着地点なのかもしれないな、と思った。
「ソーネチカ」は90年前半に書かれた作品だけれど、もしかしてある種の人は、こういった「今後」の到来をいち早く予期していたのかもしれない。


誰の言葉だったか、人が一生に自分で体験できる事柄というのは限りがあって、だからこそ私たちは本を読むのです、と。
本を読むことで私たちは、例えば戦時下を生きる人々であるとか、遠い外国で圧政に苦しむ市民たちであるとか、自然の脅威、生き物への慈しみ、大切な人と別れる悲しみ、などを知り、主人公と同じように苦しみ、驚き、喜び、悟ったりもする。
そのような自分以外の者について理解を深めていくことが、人生をより豊かなものにしていくのです、と。
・・・確か美智子皇后の話。私はこれにたいへん感動したのだけど、ここには言外に、本を読むとは、単に知識の厚塗りだったり、目先のHOW TOだったりではなく、人間性を深めるための糧にしなくてはいけない、というメッセージが込められていると思う。

「ソーネチカ」に関しては、いろいろなところで賞賛の書評を目にしたので、どんなものかと読んでみたけど、最近、文学らしい文学をちっとも読んでいなかったことをちょっと反省。
やっぱり、よい小説を読まないとバカになる、と思う。



『ソーネチカ』 (新潮クレスト・ブックス)


posted by ガミガミ at 14:53| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月22日

Figaroの本特集チェック

ロベルト・ボラーニョ 通話
スーザン・ソンタグ 他者の苦痛へのまなざし
レイチェル・カーソン センス・オブ・ワンダー
ジョン・ティルストン わたしが肉食をやめた理由
スーザン・ソンタグ 同じ時のなかで
長田弘 黙されたことば
ホノルル・ブラジル熱帯作文集
アニー・エルノー 場所
ユーディット・ヘルマン 幽霊コレクター
タブッキ イタリア広場
アティク・ラヒーミ 悲しみを聴く石


スーザン・ソンタグ亡くなって、はや5年とは気づかなかった・・・。
posted by ガミガミ at 17:43| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

『湘南の風に吹かれて豚を売る』

miyajibuta.jpgものすごくいい本だった。
若い人に教えられた感じ。しかも励まされもした。
今後、我々の生活は間違いなく、これまでのようにはいかない。また、私のように、これまでのようにありたいと思わない人もいると思う。
会社に行って与えられたミッションを遂行することが「仕事」だと素直に思え、しかもそれに喜びを覚えられる人はそれでいいかもしれないが、漠然とでも違うんじゃねえの?と思う人は読んだ方がいいかも知れない。
いろいろな意味で目からウロコ。
まあ、この方は若いけれども、若いから出来たのではなく、情熱があるから出来たんだと思う。
例え年をとっても情熱さえあれば出来ることだってあるだろう。

以下ざっとメモ

■農家が精魂込めて作るうまい豚。だが、どこで売られて誰が食べているのかを把握できない。
生産と流通はまったく別。価格は規格と相場、つまり「豚の容姿」で決定。

■生産者をブランド化して認知させなければダイレクト販売は無理。

■「湘南スタイル」藁品さん。

■「コミュニティ経済」。地域資源。≠地域ブランド。
地域ブランド<個人ブランド。生産管理の責任トレース。

■コミュニティが支える農業。消費者が農家に出資。出資金に応じて農産物を分配。

湘南の風に吹かれて豚を売る


posted by ガミガミ at 14:11| 東京 ☁| Comment(2) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

『モノからモノが生まれる』

091118lMunari.jpg絵本作家としても有名なブルーノ・ムナーリですが、そもそもプロダクト・デザイナーでもあります。
イタリアには「本業はなに?」みたいな狭い概念を超えて他分野で才能を発揮させる人が多い。レオナルドはその最たる例ですけどね。
そういう意味では、数人の超ウルトラ級の天才と、その他残りのただの人で成り立っている国で、日本のように「普通の秀才」みたいな人の数は限りなく少ないわけですが、そんな話はまた今度。
この本の帯には「企画するのは、そのやり方を知っていれば簡単なこと」とあって、その考え方と方法論が解説されてます。
原本の出版は1981年とあるので、今から約30年近く前の著書です。
それこそ今だって「ナントカ仕事術」みたいな本が毎年出ているけど、巨匠の考え方が知りたくて。

最初に一発かまされます。
豪華さについて

豪華さは貧しい人々をびっくりさせようとする野蛮な豊かさの表れである。これは外見に与えられた重要性の表れであり、文化的向上などと言うことにはまったく関心がないことの暴露でもある。つまり豪華さとは、実質に対する見た目の大勝利のことである。

豪華さは、他の人を見下したいと感じる大勢の人にとっての必需品である。他の人に教養があれば、豪華さは偽りだとわかるが、物知らずならば、豪華に暮らす人のことを褒めたり、もしかするとうらやましがったりするかも知れない。・・・・・・・・・・・

痛快。
そして我々が何かを発想しようとするときに、以下に既成概念にとらわれがちであるか・・・いきなり出てくるお題「緑色のリゾット」を読んでハッとしました。

モノからモノが生まれる



posted by ガミガミ at 01:02| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

本日購入した本

091118libri.jpgamazonでじゅうぶん買ってるのに、それでも本屋に行くと買っちゃうのよね。
レヴィ・ストロースこの前死んじゃったのを思い出して、長年の課題だった『悲しき熱帯』買ったわ。
レヴィ・ストロースといえば思い出すのが私のバカ伝説。
大学の時、久しぶりに出た授業でプリント配られたの。レヴィ・ストロースのね。
それを私は「リーバイ・ストラウス」って読んだの。つまりジーンズの話だと思ってたんだけど、先生が説明してるのはどうやら違うのよね。
なんなのかしら?って思ったものよ・・・・。
今では異様な語学の堪能さを誇る私だけど、大学の時はまったく身が入らなかったのよね。バカだった。本当にバカだったわ。悔やまれるなんてものじゃないわよ・・・。
私が大学で学んだことといやあ、何かしらね?「多様な人との仲良くなり方」ぐらいだわね。
あら、でもこれって重要よ。だってレヴィ・ストロースは、今からでも学べるのよ。人との仲良くなり方は、若い時じゃなきゃ学べないんじゃないかしらね。
・・・・・・・て自画自賛人生なのよ、例によってね。
ハーーーーー。


posted by ガミガミ at 23:50| 東京 ☀| Comment(2) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

『不幸にする親』

controllingparents.jpgずいぶん衝撃の強いタイトル(不幸にする親)だけど、原題はもっとなんというか具体的(「If you had controlling parents」)です。
カリフォルニアの心理セラピストによるもの。
結局のところ、人間の考え方、価値観や行動パターンは、とどのつまり子ども時代の家庭で原形を形成されるわけで、それ自体は当然のことなんだけど、大なり小なり多くの親が、子どもをコントロールして育てるわけです。
そのコントロールの仕方にも正常なものと異常なものがあり、慢性化した異常さの中で育つとその弊害は後々まで尾を引いてしまうということですな。
で、「正常・異常」の境界線はシロウトにはわかりにくいものだけど、プロの手によっていくつものモデルケースと共に語られてるこれ。読んでおいて損はないですな。
この前私はセラピストの方に、「そんなこと言うけど異常じゃない親の割合ってどれぐらいです?」つまり、ほとんどの親は何らかの形で自分たちの価値観を押しつけてくるものだし、だいたいまったく問題のない家庭なんて存在するのかね?という疑問をぶつけてみたのだけど、要は、自分たちが作っている家庭環境や育て方に「問題があるな」と認識できて、その子に合う教育に変更できた場合は問題ではなくなる。
ただし、残念ながら、異常な親というのは往々にしてそのことに気づかないか、もしくは気づいても変えようとしない、変える術を知らない、などのケースですな、とのことでした。
まあ、私たちは、どんなに大きくなろうが、親がいる限り「子ども」であるし、大人になったからこそ、自分の育った家庭がどうだったかを客観的に考える必要がある、ということ。
それを認識することで、さらに成長できるし、自分を取り巻く人間関係とかいろんなことが円滑になっていく、って話でした。
そういや、よくマドモアゼル愛センセイなんかが「親殺し(比喩)」の話をしてるわな・・・。成長するためには誰しもいったん心の中で親を殺さなきゃいけない、と。日本人は特にそこがヘタなので、精神的な成熟度が足りない・・みたいなことだった。
まー私の場合、両親そろってかなり変わっていたので、問題は若いうちに徹底的に考えつくした感があるんだけど、今またニュートラルな気持ちで振り返ってもいい頃かもね、ってこと。
本来であれば、私ぐらいの年齢だと、自分が「親」になっていて当然なので、私みたく子どもを持たないと、いつまで経っても未完全感が残るかもよと。
そういう意味で、「自分が親だったら」という視点に立つことが大事らしい。
・・・・確かにねえ。納得。


不幸にする親―人生を奪われる子ども
みなさんにお薦めできますな。






posted by ガミガミ at 15:27| 東京 ☀| Comment(0) | 本横丁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。