2011年05月07日

宮尾、この人知を超えた存在

日頃、宮尾は死なないと信じているのだが、
そうは言っても高齢な上、脳死事件もあったわけで、
いつその時が来てもおかしくはないわけではある。
そしてそんなことが頭をよぎるたび、宮尾の死に至る経緯や私や家族の悲痛な気持ちを綴ることになるのか、
果たしてそれはどうなのか、、、と考えては、
きっとそういったことは一切記さず、しばらく経ってからそれとなく宮尾がこの世にいないことを伝える表現でもあればいいのではないか
などといった暫定結論みたいなものに行き着いていたわけだが、
荒木さんがチロの最後の日々を写真で公表し、
登山家の野口さんもブログで公表し、
それもアリ、それは意味があることなんだと思うようになった。


一昨日、母親からメールが来て、宮尾が危険な状態だという。
それを知ったら手が震えて、仕事などしている場合ではなかったのだが、
なんとかこなして、早々に実家に行った。

宮尾はもう、食べることも水を飲むこともできない。

詳細はめんどくさいから書かないが、
医者との相談により、
結論から言うと、もう打つ手なしということである。

ただでさえ、死の際から奇跡のような復活で今に至っている宮尾である。
ただし復活といっても、本来ある猫としての機能は完全ではなく、
神経系統の麻痺が残る部分もある。

もし仮に、何かの原因を見つけられたとしても、全身麻酔による大手術など、
18歳の宮尾にはリスクが高すぎる。

私は宮尾には一生生きていて欲しい、私が死ぬまで、いて欲しい。
私が死んだ後は、誰か別な人間の側にいてそいつを教育して欲しい、と思っているが、
もしそこに、痛みやしんどさなど、宮尾の苦痛をともなうのであれば、
それを強いるのはどうかと思う。

で、
昨日、朝一番での通院には、私も同行した。
腹水がたまっているので、それを除去する処置をして、
何度か嘔吐した姿は、もう、このまま天国に行きそうだった。



110506宮尾
110506宮尾

焦点の定まらない目で、この世とあの世をウロウロしているように見えた。
だから家族は必至に宮尾の名前を呼び続けた。
三途の川のババアに呼び止められないように。
川の向こうでジーさんやバーさんや先に行ったシマやミケランなんかが呼ばないように。

しかし呼ばれて川を超えても、おかしくはない気配だった。


夜になり、宮尾はずっと何かを考えているようだった。
そして、ふと、自分で立ち上がったのだ。
もちろんうまく立てないから何度もひっくり返る。
でも、少なくとも、最後には足をたたんで座る、私が鳩サブレーのポーズと呼んでいるものが、
できた。




110506宮尾
110506宮尾

呼んでももう返事をしない、
おそらくそんな体力はないのだろう。
でも一点、何かをずっと見つめて、そしてふと立ち上がったのだ。

宮尾。
この素晴らしい魂。

私は宮尾を飼っているのではない。
18年間、宮尾に育てられてきたのだ。



posted by ガミガミ at 12:17| 東京 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。